日本語教育Wikipedia

早稲田大学大学院日本語教育研究科小林ミナ研究室に所属する大学院生,あるいは,担当授業の履修生が日本語教育に関する専門用語について調べた内容を記述するサイトです。教育活動の一環として行っているものですので,内容について不備不足がある場合がありますのでご注意ください。記事の内容の著作権は,各記事末尾に記載してある作成者にあります。

くり返し

1.「くり返し」の定義と定義をめぐる議論

2.「くり返し」と「関連語彙」との関係性

3.参考文献

 

1.「くり返し」の定義と「くり返し」の定義をめぐる議論

「くり返し(英:repetition)」…日本語教育における専門用語である。反復と同義であるとされ、研究者によって定義も異なる上、「くり返しの形状」についても研究者によって異なっている。Tannen(1984)のように、「一見普通の発話でもそれが過去における発話を下敷にした、会話の当事者達にしかそれとわからないようなくり返しである可能性をも含めれば、およそ全ての発話が潜在的にくり返しの発話である」という研究者もおり、「くり返し」を広義で捉えるか、狭義で捉えるかによっても「くり返し」の意味合いは異なってくる。

日本において初めて「くり返し(反復)」について詳細に論じたのは牧野(1980)であるが、明確な定義はしていない (「先述したように「くり返し」と「反復」は同義とされている)。その一方で、牧野(1980)は、「反復は言語の反復であれ、非言語の反復であれ、四季の反復であれ、人間の生活の緊張感をとき、生活にゆとりとリズム感を与える」(p.243)ものだとし、「反復」を広く捉えながら論じている。

 

また、中田(1992)では、「くり返し」は以下のように定義されており、この定義をもとにした「くり返し」「反復」の研究も多い。

中田(1992)…同じ会話における既出の発話をなぞること

 

他にも、様々な研究者がそれぞれ「くり返し」を定義しており、それらをまとめたものを別表にて添付する。

 

 

2.「くり返し」と「関連語彙」との関係性

 

関連語彙

関係性

 

聞き返し・共感・あいづち・情報やり方略・会話の方策・強調・念押し・間つなぎ・  会話ストラテジー

上位語

見出し語=「くり返し」

反復(ほぼ同義)・なぞる

類似の概念

 

自己発話のくり返し・他者発話のくり返し

下位語

 

※「情報やり方略」とは、栁田(2010)の造語であり、「日本語教育の知識を持たない母語話者が非母語話者に情報を提供する「情報やり場面」において、母語話者が情報提供のために用いるコミュニケーション方略」であると定義されている。

 

 

3.参考文献

岡部悦子(2003)「課題解決場面における「くり返し」」『早稲田大学日本語研究教育センター紀要』16,pp.97-116

黒川直子(2007)「日本語の談話における繰り返しについての考察」『ICU 日本語教育研究』3, pp.65-79

スケンデル=リザトビッチ マーヤ(2017)「日本語母語話者が道を教える際の道順説明の反復-母語場面と接触場面を比較して-」『言語文化と日本語教育』52,pp.11-20

田中妙子(1997)「会話における〈くりかえし〉-テレビ番組を資料として-」『早稲田大学日本語研究教育センター紀要』9,pp.47-67

中田智子(1992)「会話の方策としてのくり返し」国立国語研究所(編)『研究報告集』13, pp.267-302

中田智子(1991)「会話にあらわれるくり返しの発話」『日本語学』10-10, pp.52-62

平山紫帆(2018)「接触場面と母語場面での母語話者の自己発話のくり返し -日常的な接触経験と対話相手の日本語レベルの観点から-」『人間文化創成科学論叢』20, pp.105-113

福富奈美(2010)「日本語会話における「くり返し」発話について」『言語文化学研究』(5), pp.105-125

牧野成一(1980)『くりかえしの文法』大修館書店

松田文子(1998)「日常談話における反復表現の機能に関する一考察」『言語文化と日本語教育』16, pp.58-69

栁田直美(2010)「非母語話者との接触場面において母語話者の情報やり方略に接触経験が及ぼす影響-母語話者への日本語教育支援を目指して-」『日本語教育』145(0), pp.13-24

Tannen, Deborah(1984) Conversational Style: Analyzing Talk Among Friends.Norwood, N.J.:Ablex Publishing Corporation

Tannen, Deborah(1987) Repetition in Conversation: Toward a Poetics of Talk. Language 63:3.pp.574-605

Tannen, Deborah(1989) Talking voices: Repetition, dialogue, and imagery in conversational discourse. Cambridge: University Press

 

 

【別表】

 

著者 論文・文献名 くり返しの定義 形状 備考
中田智子 中田智子(1992)「会話の方策としてのくり返し」国立国語研究所(編)『研究報告集』13, pp.267-302 同じ会話における既出の発話をなぞること 再現型・一部変更型・補足型・言い換え型・要約型・対句類 「くり返し」を7つのカテゴリーに分類した。
平山紫帆 平山紫帆(2018)「接触場面と母語場面での母語話者の自己発話のくり返し -日常的な接触経験と対話相手の日本語レベルの観点から-」『人間文化創成科学論叢』20, pp.105-113 既に発話されたことを再び発話すること ①元の発話をほぼ同形でくり返すもの②一部を変更した物③要素を補足したもの④意味を保持した言い換え 中田(1992)にならっている
牧野成一 牧野成一(1980)『くりかえしの文法』大修館書店 「反復の定義」について述べているが、明確な定義はしておらず、「反復」を広く捉えながら論じている。   言語的反復のみならず非言語的反復にも言及している。
福富奈美 福富奈美(2010)「日本語会話における「くり返し」発話について」『言語文化学研究』(5), pp.105-125 既出の発話(あるいはその一部)を用いて行った発話であり、くり返されたもとの発話の要素を一部あるいは全部含むもの 1.くり返されたもとの発話が同じ一続きの会話内で特定できること2.他者発話をくり返したものであること3.フィラーやあいづちは対象としないこと4.多少の言い換えは対象とするが外来語や外国語から日本語へのパラフレーズは対象としない   などの補足を行っている。 福富は「くり返し発話」を定義した。中田(1992)の定義をもとにしている。10の機能に分類した。
Deborah Tannen Tannen, Deborah(1984) Conversational Style: Analyzing Talk Among Friends.Norwood, N.J.:Ablex Publishing Corporation 「一見普通の発話でもそれが過去における発話を下敷にした、会話の当事者達にしかそれとわからないようなくり返しである可能性をも含めれば、およそ全ての発話が潜在的にくり返しの発話である」   中田(1991)に左記の記述がある。 Tannen(1987)では他者発話の定義がされている。
松田文子 松田文子(1998)「日常談話における反復表現の機能に関する一考察」『言語文化と日本語教育』16, pp.58-69 範囲、対象は明記しているが、特に定義はしていない。 自己発話と他者発話の双方を扱う。直前反復と非直前反復の双方を対象としている。類義語も対象としている。指示表現は反復の対象とする。「言う」「ある」「いる」などの無性格語は対象外とする。 反復のサイズを2つ設けている(発話の単位と同じサイズ・発話内で意味のまとまりをもつ分節可能なサイズ)。
岡部悦子 岡部悦子(2003)「課題解決場面における「くり返し」」『早稲田大学日本語研究教育センタ-紀要』16,pp.97-116 直前の他者の発話の全部、あるいはその一部を、次の話し手がそれと同じイントネーションで再現している部分 直前の発話のすべての「くり返し」、直前の発話の一部の「くり返し」を対象とする。「質問・応答」「言い換え・要約」は対象外とする。 課題解決場面における「くり返し」を扱った研究であり、3つの機能に分類している。
黒川直子 黒川直子(2007)「日本語の談話における繰り返しについての考察」『ICU 日本語教育研究』3, pp.65-79 ※自己発話のくり返し/他者発話のくり返し をそれぞれ定義づけている。   他者発話のくり返しはTannen(1987)を引用している。
田中妙子 田中妙子(1997)「会話における<くりかえし>-テレビ番組を資料として-」『早稲田大学日本語研究教育センター紀要』9,pp.47-67 語形 ・意 味 の 面 で 先 行 発 話 と ほ ぼ 同一 の 表 現 で あ る もの 「「くりかえ し」に隣接する現象領域としての「要約」や「言い換え」との差を考えな ければならない」という言及がある。 他者発話のみを対象としている。また、「くりかえし」は「事柄的な情報量としては会話の相手の発話に加えるものがない」という条件も伴うものとしている。
スケンデル=リザトビッチ マーヤ スケンデル=リザトビッチ マーヤ(2017)「日本語母語話者が道を教える際の道順説明の反復-母語場面と接触場面を比較して-」『言語文化と日本語教育』52,pp.11-20 既出発話と道順上の同じ命題を持ち、既出発話の名詞、動詞、形容詞、副詞という内容語を反復する(完全一致反復、部分的反復、言い換え、意味的反復、補足反復を含む)発話 完全一致反復、部分的反復、言い換え、意味的反復、補足反復を含む ※「道を教える側の反復の定義」である。

 

 

 〈作成者:けんてぃ〉