日本語教科書
1.見出し語
【日本語教科書】
(1)日本語教育現場で使用される「日本語教科書」とは
日本語教育学会(1982)『日本語教育事典』では、「日本語教科書」は次のように定義されている。
「学習者の日本語学習目標の達成のための学習者用図書を日本語教科書という。日本語教科書の発行所から大別すると、次の二つになる。一つは各日本語教育機関であり、もう一つは日本語教育をしていないところである。(中略)日本語教育諸機関で、その機関の学習者のために作られた教科書は、その機関において、優れたものであればあるほど、他の異なった目的・目標等の学習者にとっては、使いづらいものになってくる。
(中略)出版社から発行されるものは、必ずしも特定の学習者を予想して編集されてはいない。そのため、どこででも使えるという普遍性を有する。しかし、これを使う場合、日本語教育機関のほうで学習時間を延ばしたり縮めたりせねばならず、教科書によってカリキュラムが変わることになる。」
以上の参考文献で定義された「日本語教科書」は、形態としては、現在は図書だけではなく、電子データでも存在している。また、「日本語教科書」を日本語学習のあるコースで使用する場合、上記の定義から、「日本語教科書」とコースデザインの間には、以下のような関係が考えられる。
A.の場合は、日本語教育諸機関において、学習者の目的・目標・学習期間など様々な条件からコースデザインを行い、それに合わせた「日本語教科書」を作成するモデルである。
B.の場合は、学習者の実態になるべく近い、日本語学習機関以外の団体が作成した「日本語教科書」を選定して使用するモデルであり、教科書の内容に合わせたコースデザインが行われるため、選定した教科書によって学習機関のカリキュラムが影響を受けることが予想できる。
(2)「日本語教科書」と様々な「教科書」の区別について
あらゆる教育現場において、教授者、または学習者によって様々なものが「教科書」として認識されるだろう。例えば、小説や絵本を「教科書」として捉え、それを用いて日本語を学習すれば、それを用いた教授者、または学習者にとって、その小説や絵本は「日本語教科書」と同等の価値のものとして捉えられるかもしれない。また、海外の補習校などでは、日本の学校機関で使用される国語教科書が、日本語学習を目的に使用される場合もあり、その際に国語教科書を「日本語教科書」と認識すべきかどうかという疑問も起こるだろう。
しかし、国際交流基金(1983)『教科書解題』によれば、「日本語教科書」は、日本語教育の「あるメソッドに基づいて作られている。つまり、あるメソッドを具現化したものが教科書である、と言える。」とある。
これに基づき、ここでの「日本語教科書」は、日本語を学習する目的のため、あるいは日本語教育のあるメソッドに基づき作られたもののこととする。つまり、上に述べたような、補習校などの例の場合は、国語教科書を「日本語教科書」の代わりに使用している、という捉え方をする。
(3)「主教材」と「日本語教科書」
日本語教育現場では、学習者の学習状況やニーズに基づき、時に「日本語教科書」だけではなく、教授者の判断でプリントや問題集等の学習を助けるための教材も同時に使用される場合がある。そういった時に「日本語教科書」の事を「主教材」、その他学習を助けるために使用される教材の事を「副教材」と呼ぶことがある。
国際交流基金(2008)『国際交流基金 日本語教授法シリーズ 第14巻「教材開発」』では、「日本語教科書」「主教材」「副教材」に関して次のように解説している。
「デザインされたコースで主に使う教材を「主教材」、「主教材」を補うために使われる教材を「副教材」、教室活動を助けるために使われる道具を「教具」と呼ぶようになり、多様な教材や教具が作成されるようになったのです。中等教育のように、コースの中で1つの教材しか使用できない場合は、「主教材」を「教科書」と呼ぶことが多いようです。」
つまり、学習機関・コースによっては、「日本語教科書」と「主教材」は同様の意味として使用されることがあり、この二つは類義語と言えるだろう。
2.関連語
【日本語教材】
『日本語キーワード事典』(1997)に「教授活動及び学習活動を支援するための材料」とあるように、教授者が日本語学習のために使用するものを「日本語教材」と捉えるなら、図書や印刷物だけではなく、音声、映像、レアリア(生教材・実物教材)などのあらゆるものが「日本語教材」になり得るだろう。
しかし、河原他(1992)『日本語教材概説』では、日本語教材を「日本語で書かれたすべての物、日本語で語られたすべての物が日本語教育の素材となる可能性を持ってはいるが、素材全てが教材になるものでもない。」とし、「一連の言語表現で、教育的価値・教育的な内容を有する物で、目的に到達するまでの各コースの目標に沿って、適当な位置に適当な量で、配列されているもの」と定義している。
つまり、全てのものが「日本語教材」になり得るのではなく、ある日本語コースやひとまとまりの授業の中で、教授者が何らかの学習目的に基づいて用意したものが「日本語教材」として日本語教育活動の中で認識されると考える。
また、様々な物が「日本語教材」となる可能性を持つが、『日本語教育事典』(1982)では、「日本語教材」を「それ自身言語的表現を持つ言語的教材と、絵や人形のように音声・文字を持たない非言語教材に分けることができる。」とし、次のように分類している。
1)形態による分類:
言語的教材―図書(教科書を含む)、カード、音声テープ、ビデオ、CD、Web教材など
非言語教材―実物、模型、写真、地図など
2)学習目標(技能)による分類:
読解教材、漢字教材、聴解教材など
3)レベルによる分類:
初級、中級、上級、JLPT N5レベル、JLPT N4レベルなど
4)学習者の学習目的や専門分野による分類:
短期ビジネスマン用、旅行者用、留学生用、医療系用など
3.見出し語と関連語の関係
教授活動において学習目的で使用される物を「日本語教材」とするなら、「日本語教科書」と「日本語教材」の関係は次のように捉えられるだろう。
4.参考文献
河原崎幹夫、吉川武時、吉岡英幸(1992)『日本語教材概説』北星堂書店
小池清治、小林賢次、細川英雄、犬飼隆(1997)『日本語学キーワード事典』朝倉書店
国際交流基金(2008)『国際交流基金 日本語教授法シリーズ 第14巻「教材開発」』ひつじ書房
吉岡英幸・本田弘之(2016)『日本語教材研究の視点―新しい教材研究論の確立をめざして』
〈作成者:橋本 愛子〉