日本語教育Wikipedia

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ヘッジ

1.ヘッジの定義と定義をめぐる議論

2.ヘッジの型

3.ヘッジの関連語

4.参考文献

 

 

1.ヘッジの定義

「ヘッジ」は、もともと経済学用語であり、「リスクヘッジ」とも呼ばれ、資産運用(投資)のリスクを減少させるために取られる行動のことを言う。これは、垣根を作って危険から身を守ることに由来する用語で、投資においては、将来の価格変動リスクを回避したり、軽減したりする各種手法のことを意味している。

1973年、G.Lakoffが以下のような現象を説明するために初めて「ヘッジ」という概念を言語研究に導入した。

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この「sort of」が「真偽の二分法では表現できない曖昧な概念を示す働きをする語(小田訳,1988)であるとし、G. Lakoffの言う「ヘッジ」である。

これに基づいて、G. Lakoff(1973)は「ヘッジ」を「暗黙のうちにその意味が暖昧さに関与するような語、事柄をより暖昧にする、もしくはより暖昧でなくするといった機能を有する語」と定義している。つまり、命題内容の解釈を強める(intensifier)、あるいは弱める(deintensifier)という機能を有する表現のことである。

『研究社・日本語教育事典』によると、「日本語におけるヘッジは、主に発話の意味を柔らかく婉曲に表現する機能が取り上げられ、談話における対人関係調整のための機能が注目されている。用語も、『婉曲表現/ぼかし表現/あいまい表現/和らげ表現/緩和表現/気配り表現/垣根表現』等となっている」(2012)。

※本来のヘッジは、命題内容の解釈を強める強意語と解釈を弱める柔軟語という二つの種類があるとはいうものの、対人関係を重んじる日本社会では、ヘッジが主に意見の衝突や相手の気分を害するというリスクを避けるために用いられる。要するに、日本語においてはヘッジが「柔軟語」として捉われる場合が圧倒に多いと思う。

 

他の先行研究における「ヘッジ」の定義 

 

先行研究

ヘッジの定義

実例・備考

 

 

 

 

 

 

B&L

(1978/1987)

 

 

 

述部や名詞句が表すそのものらしさの度合いを修正するような小辞、語、慣用句である。

G. Lakoffの定義を敷衍し、ヘッジが発話内効力、ポライトネス・ストラテジーに関わるものであるとし、韻律的・動作的用法で表現されたヘッジについても言及している。

 

 

 

Nikula

(1997)

 

 

話し手のメッセージをよりためらいがちに、より曖昧にするストラテジーとして使用され、発話内容の力を減ずるものである。

学習者の使用するヘッジは英語母語話者に比べ、使用数、種類ともに限定的であること、“I think”の過剰使用、モダリティ形式の非用を指摘している。

 

 

 

 

Lauwereyns

(2002)

 

 

不確かさや可能性、ためらい、近似性を言語的に表現する曖昧表現である。

発話文末、副詞句、接続詞、接辞に出現する26種の言語形式について、性差、年代差、場面の改まり度の3つの観点から考察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入戸野

(2008)

陳述、質問、申し出、命令といった命題の中、前、または後ろに置かれて、以下五つの機能を持つものである。

1)情報の正確さに確信が持てないことを示唆する;

2)感情表現を緩和する;

3)意見、考えを曖昧にする;

4)自分の行動に言質を与えないようにする;

5)話し手が発言する権利を確保、維持し、聞き手を会話の中に積極的に参加させる。

1)昨日家に帰ったのは8時ごろだったかな。2)私さ、上司『だいっきらい』っていうか。3)昨日お見合いパーティーで会った人、いまいち、タイプじゃなかったかも。4)また来週、会えるとは思うけど…でも、よくわからない。5)それって、あのうなんか何ていうの、いい加減にしろって感じじゃない

 

(2008)

 

推量をしたり、または、断定や限定を避けたり、明言や断言をせずに、ぼかすことで発話内容の力を和らげる(弱めたり、緩和する)表現である。

「動詞・助動詞類」、「副詞類」、「名詞類」、「助詞類」、「接尾辞類」、「接続辞類」の六つの言語形式に分けられ、その中で、「特に、推量を表すモダリティ形式と程度を表す副詞がヘッジとして多く使われている。

 

 

 

 

 

 

Fraser

(2010)

 

発話者が言語的手段を使用し、ある表現の完全な成員性へのコミットメントの欠如(命題的ヘッジ行為)、あるいは伝えられる発話行為の効力への完全なコミットメントの欠如(発話行為のヘッジ行為)を表示することを可能にする修辞的なストラテジーである(堀江・堀田訳,2013)。

文法的な分類をすることはできないとしながらも、法副詞や法形容詞、法動詞、認識動詞などの語、句、否定疑問や付加疑問、動作主を明示しない受動文といった統語構造だどを挙げている。

 

 

 

 

山川

(2011)

 

 

話者の発話または発話行為に対して曖昧性をあらわす語彙である。

1)語彙(副詞、助詞、動詞、形容詞など)

2)非語彙(笑、ポーズ、イントネーションなど)

 

 

 

 

堀江・堀田(2013)

円滑な人間関係を確立・維持するための言語手段、つまり「ポライトネス・ストラテジー」の一つとして位置づけ、「断り」活動のFTAを緩和する言語形式である。

分析対象を命題内容に付加される単語レベルの言語形式に限定する)ちょっと、かな、みたいだ、感じ。

 

 

 

 

 

 

(2014)

 

 

 

コミュニケーションの中で話し手が責任を回避したり、自分の発話態度を緩和したりする機能を持つ言葉である。

語レベル:あのー、辺(へん)、見える、一応、いまいち、くらい、けど・句レベル:うまくいえないが、よくわかんないけど・連語的なもの:何ていうの、ふうに。文型のようなもの:みたい(みたいな)

 

先行研究から見れば、ヘッジの定義は研究者や研究分野によって異なり、まだ統一されていない傾向が見られる。

 

 

2.ヘッジの型

今まで品詞性によってヘッジの型をまとめたことが多いが、「ヘッジが単なる言語の現象ではなく、声の出し方(高低、声調など)、顔の表情といった非言語的な要素も含んでいる」(Itani,1996)という指摘を受け、山川(2011)はヘッジの型を以下のようにまとめている。

1)語彙(副詞、助詞、動詞、形容詞など)

2)非語彙(笑、ポーズ、イントネーションなど)

これらに基づき、李(2014)は以下のように具体的にまとめた。

 

ヘッジの例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言語表現

 

 

 

 

 

語レベル

感嘆詞

あのー、さ(さあ)、そのー、ま(まー) など

名詞

あれ、関係、感じ(感覚)、ほう、程、辺(へん)など

動詞

思う、(って)聞く、見える など

 

副詞

一応、いまいち、おそらく、かなり、けっこう、大体/大抵、だいぶ、たしか、たぶん、ちょっと、とりあえず、なんとか、なんとかかんとか、なんとなく、ほとんど、もし、やっぱり、わりと など

助詞

か、くらい、って、て、でも、とか、なあ、など、なんか、なんて、の、ね(ねー)、かな、かね など

接続詞

けど など

接続辞

辺り、系(けい)、ごろ、~っぽい、~的 など

 

句レベル

 

大ざっぱに言って、大まかに言えば、厳密に言えば(厳密に言うと)、こんなこと言うのなんだけど、(よく)知らない、よくわかんないけど など

連語的

なもの

 

か言って、っていうか、というふうな、とか思って、なんちゅうの、何ていうの、ふうに、よかったら、ような など

文型なようなもの

 

かどうか、かないか、かもしれない(かも)、じゃない?じゃん、そうだ、たりして、~たり~たりする、だろ(う)、でしょう、みたい、(みたいな)、らしい など

非言語表現

へへへへへへ(笑い)、ポーズ、イントネーション(上昇)、(「だ体」から「です・ます体」への)スタイルシフト、省略 など

 

 

3.関連語

ヘッジ=婉曲表現/ぼかし表現/曖昧表現/和らげ表現/緩和表現/気配り表現/垣根表現f:id:minakob-lab:20190219203611p:plain

曖昧表現は、ヘッジのような直接的な言い方を避け、発話の意味を柔らかく婉曲にする表現であるが、曖昧な表現は、具体的に示さず、いくつかの意味が含まれ、一人ひとりの考え方の違いによって複数の解釈可能性をもたらす表現である。(例:「AとBが結婚した。」の文に対して、①:AとB、この二人が結婚した。②:AがCと、BがDと結婚した。なのでAとB二人が既婚者。という二つの解釈がある。)

 

                                                                                                                     

4.参考文献

入戸野みはる(2008)「グループのサイズとヘッジの使用量について」,Proceedings of 15th Princeton Japanese Pedagogy Forum, Saturday ,May 3-Sunday,2008,93-107

小田三千子(1988)「Hedgeについての一考察―社会言語学的観点から」『東北学院大学紀要』80, 155-176

山川史(2011)「学習者のヘッジ使用―インタビューにおけるレベル別会話分析」『日本語教育研究』57,124-142.

堀田智子・堀江薫(2013)「日本語学習者の「断り」行動におけるヘッジの考察:中間言語語用論分析を通じて」『語用論研究』14,1-19.

Brown, P. and Levinson, S.(1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge:

Cambridge University Press.

Itani, Reiko (1996): Semantics and pragmatics of hedges in English and Japanese. Tokyo: Hituji Syobo.

Lakoff, George (1973). Hedges :a Study in Meaning Criteria and the Logic of Fuzzy Concepts. Journal of Philosophical Logic 2,458-508.

Lauwereyns, S.( 2002).Hedges in Japanese Conversation: The Inftuence of Age,Sex,and Formality. Language Variation and Change 14,239-259.

Nikula,T.(1997).“Interlanguage View on Hedging." In R. Markkanen and H. Schroder(eds.) Hedging and Discourse: Approaches to the Analysis of a Pragmatic Phenomenonin Academic Texts ,188-207. Berlin: Walter de Gruyter.

李恩美(2008)「日本語と韓国語の初対面二者間会話における対人配慮行動の対照研究ディスコース・ポライトネス理論の観点から」東京外国語大学博士論文.

李凝(2014)从话语分析角度考察日语模糊限制语和填充词.语文学刊,2.1-3.

 

 

〈作成者:郭 同〉