日本語教育Wikipedia

早稲田大学大学院日本語教育研究科小林ミナ研究室に所属する大学院生,あるいは,担当授業の履修生が日本語教育に関する専門用語について調べた内容を記述するサイトです。教育活動の一環として行っているものですので,内容について不備不足がある場合がありますのでご注意ください。記事の内容の著作権は,各記事末尾に記載してある作成者にあります。

謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ(丁重語)

【定義】

1.謙譲語Ⅰ

自分側から相手側又は第三者に向かう行為・ものごとなどについて、その向かう先の人物を立てて述べるもの。(文化庁,2007)

自分側から話題の人物に向かう行為・ものごとなどについて、向かう先の人物を高く位置付けて述べるもの。自分側を高くしないことが前提となる。(近藤・小森,2012)

例えば「行く」という動詞であれば、「だれがだれのところに行く」の「だれ(が)」は高くしないで、「だれ(のところ)」を高くするときに用いる敬語である。「だれが」の「だれ」を高くしない、という性質に加えて、「だれのところに」「だれに対して」等の「だれ」(「敬語の指針」では「向かう先」)という用語を使っている)を高くするという性質を持つという点が重要である。(蒲谷,2009)

 

<該当語例>

 伺う、申し上げる、お目に掛かる、差し上げる、お届けする、お読みいただく…

 

<主な形式>

 (1)動詞の場合

 ①特定形

伺う、申し上げる、存じ上げる、差し上げる、いただく、拝~する(拝見する、拝読する、拝借するなど)… 

 例文:今日の14時に先生の研究室に伺います

 向かう先の人物:先生

 先生に向かう行為:研究室に訪ねる

②「お(ご)~する」

お届けする、お伝えする、ご報告する、ご案内する…

③「お(ご)いただく」(謙譲語Ⅰの機能に加え、向かう先の行為によって恩恵を受けることを表す)

お読みいただく、ご出席いただく… 

 

(2)名詞の場合

  先生へのお手紙、お客様へのご説明…

 

2.謙譲語Ⅱ(丁重語)

 自分側の行為・ものごとなどを、話や文章の相手に対して丁重に述べるもの。(文化庁,2007)

自分側の行為・ものごとなどを、聞き手に対して丁重に述べるもの。聞きてに対して改まった述べ方をすることにより、丁重さをもたらす。聞き手に対して丁重に述べるという性格上、普通体では現れず、丁寧語の「ます」を伴って使われる。(近藤・小森,2012)

例えば「行く」という動詞であれば、「だれがだれのところに行く」の「だれ(が)」を高くしないで、表現の「相手」に対して改まって伝えるときに用いる敬語である。「私があなたのところに参る」が丁重語である。(蒲谷,2009)

 

<該当語例>

 参る、申す、いたす、おる、拙著、小社…

 

<主な形式>

(1)動詞の場合

 ①特定形

 参る、申す、いたす、おる、存じる…

 ②「~いたす」

 例:出発いたします、報告いたします

 

(2)名詞の場合

 拙著、愚作、小社、弊社、粗茶…

 

3.謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱ(丁重語)の違い

 例えば「伺う」が「だれ(のところ)」を高くするときに用いる敬語であるのに対し、「参る」はその性質がない。例えば、「私が弟の家に伺います」とは言えないが、「私が弟の家に参ります」とは言えることから、その違いが明らかになる。「弟」は高くする対象ではないので「伺う」は使えないが、「参る」は使うことができるのである。

また、謙譲語Ⅰは相手に対する敬語ではないが、謙譲語Ⅱは相手に対する敬語である。例えば、社員同士の会話で、「昨日部長のお宅に参ったよ。」とは言えない。これは、この例の場合、「伺う」が部長に対する敬語であるのに対して、「参る」が部長に対する敬語ではなく相手に対する敬語であることを示している。

さらに、謙譲語Ⅱには相手に対して改まって伝えるという性質があるが、謙譲語にはその性質がない。例えば、社員同士のくだけた会話で、「昨日部長のお宅に伺っちゃったよ。」とは言えるが、「昨日部長のお宅に参っちゃったよ。」とは言えない。(蒲谷,2009)

 

 

【敬語の3分類と5分類】

現在の小学校や中学校では、国語科の教科書に基づいて、尊敬語・謙譲語・丁寧語の3分類、これに美化語を加えた4分類などの枠組みによって、敬語の種類や仕組みを学習・指導している。

それまでの分類に関する研究を踏まえて、「敬語の指針」では、敬語を尊敬語、謙譲語Ⅰ、謙譲語Ⅱ(丁重語)、丁寧語、美化語の5種類に区分することを提唱している。

謙譲語をⅠとⅡの2種類に区分するのは、これまでの学校教育等で行われた前述の3分類ないし4分類のうち、謙譲語と一括されてきた語群だけについて、それらの敬語としての性格をよりはっきりと理解するために必要な区分けをしたものである。

謙譲語をⅠとⅡの2種類に区分することで、「自分側から相手側または第三者に向かう行為・ものごとなどについて、そのうかう先を立てて述べるもの」と「自分側の行為・ものごとなどを、話や文章の相手に対して丁重に述べるもの」の違いをはっきりすることができ、敬語の働きと適切な使い方をより深く理解するために役立つ。(文化庁,2007)

これは、従来の敬語研究でも、宮地裕の「謙譲語と丁重語」、菊地康人の「謙譲語Aと謙譲語B」などと区分されていたものであり、細部については諸説あるものの、研究者間では普及していたものである。(蒲谷,2013)

  

敬語の分類(文化審議会 2007:13に基づく) 

5分類

3分類

尊敬語

「いらっしゃる・おっしゃる」型

素材敬語(話題の人物を高く位置づけるもの)

尊敬語

謙譲語Ⅰ

「伺う・申し上げる」型

謙譲語

謙譲語Ⅱ(丁重語)

「参る・申す」型

対者敬語(会話や文章の相手を立てて丁寧に述べるもの)

丁寧語

「です・ます」型

丁寧語

美化語

「お酒・お料理型」

 

 

 

【関連語】

 

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疑問点:

「今から先生の研究室に伺います。」

「今から先生の研究室に参ります。」

両方使えるが、5分類に従って教える際、それをどう学習者に説明すればよいのか?本来の3分類なら「伺う」も「参る」も謙譲語であることを説明することができるが、敬語としての性格をよりはっきりと理解させるために5分類で教えると、かえって複雑になって、分かりにくくなる可能性もあるではないだろうか?

 

日本語教育においては、外国人が日本語としての敬語をどの程度学べばよいのか?日常コミュニケーションをする目的で敬語を学ぶなら、必ず「敬語の性質」をはっきり把握してはいけないのか?教科書等に示す敬語表現を覚えても、それを実際の会話に生かして使うことは難しいといった指摘もあるため、敬語表現のみに注目するのではなく、どの場合にどのような敬語(すなわち敬語の文化的背景)を用いるべきかを指導することにも重点をおくべきだと考えている。例えば先生に推薦状の作成を依頼する場合にはどのような敬語を用いるべいかなど、敬語の文化的背景と敬語表現を結び付けて指導するほうが、単なる「敬語の性質」による敬語の分類と各分類の表現を指導するより学習者にとって理解しやすいのではないかと考えている。 

 

 

参考文献

蒲谷宏(2009)『敬語使い方辞典』新日本法規

蒲谷宏(2013)『待遇コミュニケーション論』大修館書店

蒲谷宏・川口義一・坂本恵(1998)『敬語表現』大修館書店

近藤安月子・小森和子(2012)『研究社日本語教育事典』研究社

辻村敏樹(1988)「敬語分類の問題点をめぐって」『国文学研究』94 早稲田大学国文学会

文化庁(2007)「敬語の指針」文化審議会答申

 

 

〈作成者:シ ショウレイ〉